近松門左衛門名作文楽考 おんなころし あぶらのじごく 「女殺油地獄」 豊竹 咲大夫 (著), 尾嵜 彰廣 (著)
日本が世界に誇る作家「近松門左衛門」の浄瑠璃・歌舞伎の最高峰「女殺油地獄」の解説本。2冊+DVDで構成されており、
【1】太夫から見たこの作品の考察本
【2】江戸時代にもこんな奴が
現在に通じる、どうしようもない奴の生活風景を紹介。親を足蹴にする放蕩息子、親や店のカネに手を出し、挙げ句の果てに高利貸しに手を染め、カネのために人をあやめる奴など、など。
【3】DVD映像
文楽の太夫、三味線、人形遣いの絶妙のハーモニーがどのように生まれるのかがわかる映像。
もちろん、実際に浄瑠璃(関西では文楽と呼ぶ)や歌舞伎の演目を鑑賞していない人には、全く興味のない本かもしれませんが、江戸時代のリアルな世俗、暮らしぶりが伺える興趣深い書です。
近松門左衛門は、私の中では江戸時代の文壇のスターであるばかりではなく、シェークスピアを凌ぐ、時空を超えて輝く世界最高峰の作家だと感じます。
特に、下世話な話、どうしようもない奴の心の闇を見事に総合芸術の世界へと昇華させる才能は「まいった!」と思わずにはいられません。
この「女殺油地獄」はタイトルからイメージする話とは異なり、性描写ゼロ。女に溺れて、女を殺すという単純な痴話ではないのです。
油屋の跡取りに生まれて裕福な家庭に育ちながらも、毎日、喧嘩や女郎にうつつを抜かすボンボンが、店のカネを遣い込み、現代で言うヤミ金融からカネを借り、高利貸しから返済を迫られ、挙げ句の果てに同じ商仲間の油問屋の女主人を殺して、店のカネを奪うという、同情の余地のない、ホンマ、とんでもない三流の奴が主人公。
それが、近松門左衛門の手に掛かると、芸術へと生まれ変わる。
何が素晴らしいかと言えば、それは「言葉の美しさ」です。
今では大阪弁といえば、あまり品が良くないというイメージですが、
「あーしんど、一日中歩き回ったとて売上は新地の酒の一滴や」
「その甘やかしが、あいつの悪を飼う」
「後生だから、不義になって貸して下され」
という門左衛門の描く言葉が、義太夫の語りと三味線の奏でる幽玄の世界と見事なハーモニーを醸し出した時、気品のある響きへと昇華していくから絶句!
という訳で、鑑賞していない人には???の紹介ではございますが!ご寛容を!
「女殺油地獄」は歌舞伎でも文楽でもちょくちょく上演されているので、興味のある方は是非!
初めて見ると人にも、わかりやすい筋で、圧巻はラスト。
油屋で主人公が女将にカネを無心して、断られ、遂には殺すシーンでは、何と数十分にわたり、殺す主人公と殺される女将が、油に塗れながら、血みどろで繰り広げられるシーンは息をのむ。
現在の映画やテレビドラマのサスペンス、人情話、痴話など人間の不条理・情念を描いた作品の原形はここにあり!しかも、それが芸術として完成している点が、現代のサスペンス劇との大きな違いなのであります!
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近江 隆/オウミ タカシ
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