アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞の4部門を受賞した「英国王のスピーチ」を鑑賞してきました。
感想はズバリ!「久しぶりにセリフと名優たちの演技を堪能できる映画」でした。
最初に、英国王室の簡単な家系図と映画の中の登場人物を紹介した方がわかりやすいと思うので、紹介します。
映画の時代1936年。第二次世界大戦の開戦前の英国。ヒトラーの侵攻に欧州列強が困惑し始めている時代です。
主人公はアルバート王子(後の英国王ジョージ6世)。時の英国王エドワード7世が没し、エドワード8世が即位するのですが、王室の仕事に興味がないプレイボーイで、1年も立たないうちに退位。後を継ぐはめになった主人公アルバート王子(後の英国王ジョージ6世)は吃音症(きつおんしょう)。ナチスの台頭に対して国民を奮い立たすためのスピーチが重要な激動の時代に、流ちょうに話すこなすことができないアルバート王子(後の英国王ジョージ6世)はいきなり窮地に。
果たして、どのようにしてその苦難を乗り越えていくのか?!という物語です。これ以上言うと、ネタバレになるのでStop it!です。
さて、感想ですが主演男優賞を受賞したコリン・ファース(Colin Andrew Firth)よりも、助演のジェフリー・ロイ・ラッシュ(Geoffrey Roy Rush)の演技のほうが印象的でした。
ジェフリー・ロイ・ラッシュに最初に注目したのが「シャイン」。デヴィッド・ヘルフゴットというピアニストをクローズアップしたノンフィクションですが、メルボルンでの厳格な父親の厳しい指導でトラウマが生まれる少年期、父親に反発し家出〜ラフマニノフの難曲に挑戦し始めるロンドン時代から、狂気の世界へとはまっていく様を見事に演じていました。
ほかに、「恋におちたシェイクスピア」「エリザベス」「レミゼラブル」、私は見ていませんが「パイレーツ・オブ・カリビアン」にも出ているようですね。いずれの映画も見終わった後にジェフリー・ロイ・ラッシュの演技は見る人の心をとられていることでしょう。とにかく渋い、そして演じる幅が広い〜小作品では主役、大作では脇役だが、いつもその存在力で主役を食っているような気がします。
肝心の「英国王のスピーチ」ですが、あらすじはネタバレになるのであまり書きませんが、吃音症(きつおんしょう)に悩むアルバート王子(後の英国王ジョージ6世)がエリザベス王妃(奥様で現在のエリザベス2世のお母さん)が探してきた、オーストラリア出身の言語聴覚士ライオネル・ローグの治療を受けるという物語。
吃音症(きつおんしょう)に悩むアルバート王子は思いやりがあり思慮深いが短気、そして幼少時代にトラウマをもつ。そんな王子と社会的権威も地位もないが独自の治療メソッドを有する言語聴覚士ライオネル・ローグとの治療を通じて生まれる友情をヒューマンタッチ風に描かれています。その二人の静かでありながら熱い!言葉のやり取りと心の葛藤を二人の名優がぶつかり合って表現しているところが見どころです。
そう、映画と言うより良質の舞台劇といった感じです。とにかく二人とも変人で頑固、ウィットに富んだセリフの一つひとつが見逃せません。特に言語聴覚士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ロイ・ラッシュ)の演技は最高の難易度だったことでしょう。それは彼がアルバート王子よりもはるかに低い地位でありながら、吃音症(きつおんしょう)を根本的に直して行くには対等であることを求める凜たる姿勢を示す立ち振る舞い。そして長い実績に裏付けられた確かな治療法を王子に対して厳しく展開していく演技、でもその根底には温かさも描かなければいけない〜王子の親御さんであるかのように、言葉ではなく表情や接し方で表現する・・・本当に見ていて、言語聴覚士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ロイ・ラッシュ)の演技には唸りました。
「英国王のスピーチ」で感じた個人的な私感ですが、それは個人個人にそびえる壁は、どんなに周りの人々の助力があったとしても自分自身がその壁を破らないといけない。そしてその壁は個人個人によって違うということです。
しかし、周りの人たちがその壁のことを少しでも理解し、心と的確な方法を駆使することができれば、 その人の壁を取り除く可能性が高まる場合もあるということです。
主人公のアルバート王子にとっては、吃音症(きつおんしょう)。しかもそれは幼少時代に受けた心のキズに起因するものでした。その壁は普通に言葉が話せる人にとっては壁でもなんでもないことです。考えてみれば、心のキズやコンプレックスは誰でも持っているもので、「その人にとって壁でも、他人にとっては壁でもなんでもない」わけですね。
ですから、多くの人は他人の痛みはわからない(私もそうかもしれません)。「そんなことくらいで悩むな」「それくらい乗り越えろよ」「もっと苦労している人、困難を乗り越えた人がいるぞ」という発言が多くなるのですね。しかし、こうした考え方の人が多くいればいるほど、現代社会の抱える心の問題の増加を食い止めることはできないでしょうね。
人それぞれに心のキズやコンプレックスを抱えている〜「しかも、人によってはとてつもない大きな壁で、その前で立ち尽くしている」という人が周りにいると気づいたら、そして少しでも自分に時間的な余裕と心のゆとりがあったら、助けるべきなのかな?と気づかせる映画でした。
果たして、自分がそういう人の存在に気づき、助けることができるか?・・・その昔、私は全く助けることができませんでした。過去、駐在したインドネシア駐在時代のことです。ある人がノイローゼになり、未遂騒ぎにまでなってしまったのです。その時は30年前、まだ若かったのでどう対処して良いかわからず、ただ「頑張れ、男やろ!」「こんな苦労くらい何や!」と、同僚と一緒に、世界の困難を乗り越えた成功話を例に挙げて元気づけたつもりでした。しかし、逆に心のキズを広げてしまったのです。
人が困難に陥った時には、特に心の病の時に、その根本に潜む要因を全く理解しようともせずに、体育会系のノリで「頑張れ!」と言って激励し過ぎるのはかえって悪くするということを専門医から聞いてのは後々の話でした。それ以来、安易に頑張れと言わずに、ひと呼吸おいて、悩んでいる人にはどのようなアドバイス、助けをすべきなのかな?と、考えるようになりました。・・・ただ、どのような周りの人の助けや専門医の治療があろうとも、最後に壁を破るのはその人、個人のエネルギーだと思います。厳しいようですが、それが現実です。
「英国王のスピーチ」しかり、言語聴覚士ライオネル・ローグの冷静かつ心温まるサポートがあったにしても、個人の壁を破って乗り越えたのは、アルバート王子自身の心の頑張りだったからです。
ビジネス社会でも同じだと思いませんか、社員同士の協力・助け合い・チームワークはもちろん重要ですが、それは個々の能力とエネルギー、スキルが充実した上に成り立つものだと思います。組織全体で破るべき壁も、それぞれの壁を乗り越えた個人・個人が集まっていなければ、クリアできないのではないでしょうか。
そういうことを考えさせられる映画でした。
■ブログ執筆者 近江 業務案内