今年の10月に世界文化遺産「平泉・中尊寺」に立ち寄る機会がありました。
世界とつながる文化遺産の数々に感銘しましたが、中でも印象的だったのが「鐘楼」。
高さ113.2cm口径86cmの鐘。今ではめったにつかれることがないそうだ。
しかし、この10年で2度、鎮魂の鐘がつかれた。2001年9月11日(ニューヨーク同時多発テロ)、2011年3月11日(東日本大震災)への鎮魂だそうです。
その鐘の音はその鐘の音はカーンではなく、コーンというやさしい音だったという。
平泉・中尊寺の建立の動機が、「戦乱の中、何の罪もなく亡くなった人たちの魂を鎮める」という意味だったらしい。ということは、この鎮魂の鐘の音も 中尊寺の創建時の願いが今に受け継がれているということか・・・と、感動した記憶が、2011年を振り返る大晦日の日に甦った。
中 尊寺の歴史を振り返ると、天台宗東北大本山の寺院で山号は関山。本尊は阿弥陀如来で創建は嘉祥3年(850)に慈覚大師円仁によって開山されたとされ、有 名な金色堂の造営に着手したのが長治2年(1105)、藤原清衡50歳の時、そして金色堂が上棟されたのが、天治元年(1124)、清衡69歳の時と伝え られている。
中尊寺金色堂を建立した目的は、当日に案内していただいた平泉観光協会の方はこう話してくれました。
「二つの大きな戦乱前九年・後三年合戦)で亡くなった人たち、京の人たち、蝦夷の人たち、動物たちも何の落ち度もないのに命を落として いった。清衡公自身も父と妻子を亡くし、弟までも討ち果たしています。そういう冤罪を受けた人たち、罪なく亡くなった人を極楽浄土に導きたいという願いが 込められているのです。」と。
さらに「金色堂の「皆金色」は邪悪な悪を遠ざけるための金、それとは違い信長や秀吉などの金はブランド力を誇示するための金だったと思うのです。」と続けたコメントが、心に強く残った。
そうした言葉を聞いたあと、金色堂の堂内に入る。金色堂の金の純度は97%、金本来の色と輝きを求め、64,000枚もの金箔を使い、平安時代の工芸技術 の粋を集めたという装飾の数々に目の当たりにした時、どう表現してよいのか、見た目の美しさもさることながら、その輝きに「何の罪もなく亡くなった人たち の魂を鎮める」という願いが込められているのだ思うと、感慨深い気持ちになった。
「清衡公は争いの後に悟りを開いたんですね。この世に極楽浄土をつくりたかったんだと思います。その夢は未だに実現していませんよね。」という、平泉観光協会の方の最後の言葉も心に染み入った。
「歴史は現在と過去の対話である」
とは、E・H・カー(Edward Hallett Carr、 イギリスの歴史家、政治学者)の有名な言葉。
平泉の旅はまさしくこの言葉の意味が少しはわかったような気がしました。しかし、その対話から人類は未だ学んでいない。今も世界のどこかで常に戦争やテロが繰り広げられ、絶えるような予兆もないからです。
いい加減に「武力による解決に終止符を!」と素直に思った旅でした。
★おすすめスポット