今日、2014年8月15日は69回目の終戦記念日ですね。改めて、犠牲になられた方の御霊に、謹んで哀悼の意を表します。 今日一日は墓参りなど、お盆の行事に勤しみます。
第二次世界大戦における被害者数の総計は日本を含めて5000万〜8000万人で、当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となったそうです。ま た、日本で犠牲になられた方は2,620,000 〜 3,120,000と推定されているそうです。統計が〜になっているところが、当時の統計の仕組みがまだ稚拙で、また正確にカウントできないほどに悲惨な 戦争であったことが伺えます。
しかしながら、“戦後”と言っているのは日本だけで、世界では未だ“戦後がない”と言うのは悲しい現実ですね。これは人間の業なのでしょうか?戦いはスポーツだけになる日は来るのでしょうか。
さて、本題ですが、昨日録画していた“BS1スペシャル 山本五十六の真実 (前編)「真珠湾への道」 (後編)「遺された手紙」”を鑑賞しました。
山本五十六司令長官の親友、堀悌吉氏が保管してきた多数の書簡が公開され、そこにがつづられているといた三国同盟に反対しながらも、真珠湾攻撃を立案していく山本五十六司令長官の苦悩が映像化されていました。
そこで思い出したのが、孫子の兵法で最も有名な言葉「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」。簡単に言えば、 相手を知り・己自身を知っていれば、何度戦っても敗れることはないという意味ですが、山本五十六氏は、欧米での留学経験もあり、欧米列強の経済力と軍事力 を正確に把握しており、日本と今(その当時)と冷静に比較・分析し、「決して勝つことはない」と戦争回避を主張していましたが、軍部の強硬姿勢におされ、 遂には真珠湾攻撃に踏み切ったようです。じゃ、仕方がない、戦うにはどうすれば良いのか?そこで考えたのが「奇襲作戦」連戦連勝を繰り返して、短期でアメ リカと停戦調整に持ち込む・・・というのが狙いだったようです。
まさに、山本五十六氏は、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」を熟知し、軍部は「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」を 全く無視したと言わざるを得ない決断をしたと言えるでしょう。ただ、当時の欧米列強とのパワーバランスから鑑みると、日本がどのような指針を示そうと、中 国やインドシナなどを含めた大東亜共栄圏の構想を諦め、撤退しない限り、戦争を仕掛けられるか_もしくは植民地化される危険性が高まったと言えるかもしれ ません。従って、日本は戦争をすることは不可避だったのかもしれませんね。
そこには今も続く、パワーバランスの駆け引きがあったことは否めません。このパワーバランスの均衡に亀裂が生じるときに紛争・戦争が起こるのですね。今は国家間から民族・宗教など大陸軸は複層化。火種の数では、20世紀初頭以上と言えるかもしれません。
その火種の数を減らし、戦後69年も戦争を起こさなかった日本がリーダーとなって、世界のバランスを均衡さすための努力をすべきだと思うのですが、どうも不戦の誓いとは逆の潮流に動き始めたような気がするのは私だけでしょうか。
改めて、「戦わずして、世界の平和を保つ道筋」を日本政府が示して欲しいと願います。
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