真言坂 史実 北から散策した場合の一番初めの坂。千日前通りから生國 魂神社の北門までの短い坂だが、明治の頃は北にある高津 宮の参道から続く長い坂だったらしい。かつて、真言宗の 寺ばかり6 坊があったことから「真言坂」と呼ぶそうだ。
私見 マンションやラブホテルが見え、少し風流さに欠けるが直 線的に見れば、生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)の赤 い門が見えてきて風流!現在は21 世紀、多少の風景のマ イナス面を差し引いて風流を感じることが肝心!
 源聖坂 史実

坂の上り口にある源聖寺が名の由来。坂の上にある銀山寺には、近松門左衛門の「心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)」にでてくるお千代・半兵衛の比翼塚がある。

私見

「比翼塚(ひよくづか)」とは何ぞや?!・・・愛し合って死んだ男女を一緒に葬った塚だそう。また一つ勉強になりました!坂の上と下に有名な寺があり、名前の通り古の人々がここを歩いたと思うと、心が和みました。

 口縄坂 史実

坂の下から眺めると、道の起伏がくちなわ(蛇)に似ているところから「口縄」と呼ばれる。織田作之助の文学碑や今和歌集の選定者、藤原家隆の墓もある大阪を代表する観光スポット。

私見

緑多く両側は寺に囲まれ、七つの坂の中の「Best of Best」。坂道と階段の組み合わせも風情があり、ハアハアと坂道を登ったところに「織田作之助の文学碑」が。古くから文人が愛した風景なんだな~と自分も文学者になった気分?!

愛染坂 史実

TV ドラマ「愛染かつら」で有名な愛染堂勝鬘院(あいぜんしょうまんいん)が名の由来。境内の多宝塔は1600 年建造で大阪市内最古の建造物。

私見

1600 年か?関ヶ原の戦いか! 1603 年は江戸幕府ができた年と中学時代に戻った気分に。その隣の大江神社に「夕日丘の碑」。現在の地名「夕陽ヶ丘」はこれに由来するのか?その昔、西の海に夕日が沈みゆき、染まる空の美しさに芭蕉が「夕日丘」と呼んだらしい。芭蕉よ!こんなことろまで来ていたのか!

 清水坂  史実

坂の上にある清水寺から由来。この清水寺境内は通天閣などが一望できるので隠れ大阪ファンの人気スポットとか。寺の境内の崖には、大阪市内唯一の滝、「玉出の滝」がある。

私見  この坂自体は改装されてまだ新しいのか?少し風流さに欠けるが、大阪の清水寺は最高!通天閣と墓のコントラストが美しかった!でも「滝はチャチイ(小さい)よ」~でも、ほのぼのしますよ。それと坂の横に大阪星光学院のグラウンドがあり、野球部が頑張っていた。甲子園でるのかな?!
 天神坂  史実

坂の下の安居天神(安居神社)の“天神” が由来。神社の境内に真田幸村の戦死の場所があり、「真田幸村戦死跡之碑」が有名。

私見

この坂自体よりもやっぱり「真田幸村戦死跡之碑」が必見!勇壮でりりしい幸村像がありました!それを見て、何故か武者震い!「俺も頑張るぞ!」と誓いました。何に??天王寺七名泉の1 つ「かんしづめの井」もありました。古ぼけていましたが・・・それも返って風流なり。

  逢坂  史実

昔は「合坂」とも表記されたというから、東西南北の「坂が逢うところ」。その逢うところは「合法ヶ辻(がっぽうがつじ)」と呼ばれ、聖徳太子と物部守屋が仏法を論じ合った場所としても有名。

私見 国道25 線の一部なので、風流さは“ゼロ”。これが七坂の一つか?と少しがっかりだが、通天閣が見えるので大阪在住以外の方には新鮮かも。近辺に歌舞伎や浄瑠璃で有名な合邦辻閻魔堂(がっぽうがつじ えんまどう)や一心寺、四天王寺があるので必見!

 

さて、天王寺・七坂の散策記も大詰め〜まとめに入ります。
「ところで君!こんなクソ忙しい時に、何でそんなことしてんの?暇なの?」という声が聞こえてきました!

その理由は?!・・・次頁に書きます!

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