蜷川「元禄港歌」鑑賞記 – 猿之助は神の世界へ

12705302_177194682649559_7764576643130403683_n2016年2月13日(土)に、大阪の「シアターBRAVA!」で、蜷川幸雄 演出の「元禄港歌」を鑑賞してきました。

俳優陣が、市川猿之助に、宮沢りえ、段田安則という顔ぶれだけに、会場は大入り満員。私もチケットぴあの先行予約で、第3希望でようやくチケットをゲットできたというほどの人気ぶりです。

私自身は、蜷川の作品で一番良かったのは、「近松心中物語」と「NINAGAWA十二夜」、そして今回の「港町恋歌」は3番目という感じです。

蜷川と言えばシェークスピアですが、マクベスなどを見ましたが、どうも西洋の蜷川より、日本の古典芸能をモチーフにした、人情ものを描く彼の作品のほうが、自分の感性に合います。

蜷川が情念の世界を演出すると、浄瑠璃や歌舞伎の情念の世界に、現代性を加味しながら見事に昇華。大衆演劇や歌謡ショーの舞台に涙する人も、古典芸能や現代劇の通の人も心悦ぶ作品に仕上げる技と力には恐れ入ってしまいます。

さて、「元禄港歌」ですが、個人的な感想から言えば、良い作品ですが、いくつかのポイントで実に惜しいな~と思いました。

■感動ポイント
猿之助の凄さ。何をやらせても極みの演技をしますね。「粋でいなせ」な江戸っ子から、置屋や侠客の姉御、大奥の局(「加賀見山旧錦絵」の岩藤)、「NINAGAWA十二夜」でのとぼけた役柄まで、そつなくこなし・・・それが全く器用貧乏的なものではなく、芸達者、千両役者、役そのものになりきるから凄い!

今回の瞽女(ごぜ)役も盲目の女芸人が背負う悲劇的な運命、渦巻く情念、せつなさを見事に昇華させていた!・・・まさに芸の神の世界へと一歩、一歩近づいているのではというほど・・・鬼気迫り、己の不条理な運命を嘆き苦しみ、抑える気持ちを演じきっていました。

そのほかの役者との絡み合いも良く、段田安則、宮沢りえも合格点。心振るわせる迫真の演技をしていました。それと、顔は見たことがあるが、あまり知らなかった新橋 耐子(文学座の重鎮らしい)は、上手いな〜の一言。

舞台芸術はいつも通り、流石は蜷川。一つ一つの場面を切り取ってショットにすれば、浮世絵になるように美しく。静から動との間合いもうならせるものがありました。

■惜しいと思ったポイント
主人公の瞽女の座元の背負った運命、登場人物たちと絡み合う運命の糸をもう少し、丁寧に深く紐解いて欲しかったかなと感じました。

演劇にしては上演時間が2時間30分足らずと短く、コンパクトにまとめたのかな?演劇を見慣れていない人が、途中で退屈しないように、余計なもの(決してそうではないが)をそぎ落としていたのかもしれません。が、30分はPLUSして、瞽女たちの背負った過去の物語をもっとフォーカスして欲しかったような気もします。

あと、数人の芸人が演技に力が入りすぎて、浮いていたような気がします。

挿入歌の美空ひばりの「元禄港歌」は絶賛されているほど、舞台と合っていたような気がしなかった。晩年の美空ひばりは、ファンなんですが、全編、三味線と義太夫の語りをベースにしたほうがしまったかも?

■総合的な評価
私感で、5点満点の「4点」という感想です。総合的に鑑みれば、観ても損はしない心に響く作品だと思います。ご覧になっていない方にはおすすめしますが、公演は終わっていますので、次回のアンコール公演には是非。

■公式サイトのPR映像

追伸 この作品をご覧になられていない方へ 説明は難しいですが・・・。
■話の肝/公式サイトより要約

  • 時は江戸、元禄のころ。播州のある富裕な港町が舞台。

  • 廻船問屋の大店・筑前屋の主人「平兵衛(市川猿弥)」と女将「お浜(新橋耐子)」
  • 筑前屋の長男「信助(段田安則)」と次男坊「万次郎(高橋一生)」
  • 瞽女(ごぜ、盲目の女芸人)の一団 
  • それら登場人物の過去と現在の時間軸が交錯して絡み合う物語。

  • 廻船問屋の長男・信助は真摯で生真面目で東京の出店で働いていて帰郷中。次男坊・万次郎は遊び人でやや放蕩息子で家業に興味がない様子。どうも腹違いで、長男は実は血筋が違うようだ。

  • そうした前段が描かれている場面に三味線の音が聞こえてくる。手引きの「歌春(鈴木杏)」を先頭に、座元の「糸栄(市川猿之助)」、長女の「初音(宮沢りえ)」と女たち。旅から旅に明け暮れながら年に一度この港町にやってくるのだ。

相関図

  • 瞽女の一団が、筑前屋でやって来たことで、解き明かされ始める筑前屋の信助の出生の秘密。瞽女の糸栄(市川猿之助)の三味線の弾き語り「葛の葉子別れ」を聴くうちに、信助は、実の母は糸栄に違いないと、感じてしまう。

  • そうしたメインテーマに、遠い幼き日の三味線と謡の記憶で交わる瞽女の初音(宮沢りえ)と信助の愛。それに、瞽女の「歌春(鈴木杏)」と筑前屋の次男坊「万次郎(高橋一生)」の許されぬ愛が絡む。 

■劇中は、3つの愛が絡み合う
1.信助(段田安則)と瞽女の糸栄(市川猿之助)のやるせない親子愛
2.瞽女の初音(宮沢りえ)と信助(段田安則)の禁断の愛?
3.歌春(鈴木杏)と筑前屋の万次郎(高橋一生)の身分の違いからくる許されぬ愛

以上の3つの愛に、越前屋のお浜(新橋耐子)の苦悩。実の子である万次郎への溺愛と、筑前屋の主人・平兵衛(市川猿弥)が瞽女に生ませた信助が優秀なことへのいたたまれぬ嫉妬。そうした相反する愛との交錯が、微妙に絡み合いながら、物語の終焉へ。

  • 歌春と万次郎の愛は身分が違い過ぎて、実らぬ恋。そこで、越前屋のお浜が細工職人の「和吉」と夫婦になる話を画策し、歌春に持ち掛ける。そして、それを歌春が受け入れて夫婦に。

  • 数日後、場面は変わって、筑前屋で「彼岸会奉納の能」を練習する万次郎の姿が。そこへ歌春と万次郎の仲を知った職人の和吉が、血相を変えて怒鳴り込んできたことで、万次郎は謹慎。代わりに、翌日の本番の舞台では、信助が舞うことになった。

  • そして、クライマックス、能「百万」を舞う信助の舞台へ、職人の和吉が駆け上がり、カタストロフ(悲劇的な結末)を迎えてしまう。

以上がザックとした粗筋ですが、
メインテーマは、瞽女たちが謳い語る「葛の葉子別れ」に凝縮されています。
「葛の葉子別れ」は、千年の森の奥から恋しい男のため白狐となり逢いに来た女が、人里の男を恋した罰に生まれたばかりの子と別れて再び森に帰らねばならぬという悲しい物語。

それに耳を傾けていた筑前屋の信助(段田安則)が、実の母が瞽女の座元・糸栄(市川猿之助)であることを感じる場面。血のつながりは、テレパシーや霊感を通じて伝わるシーン・・・多くの言葉を語らずとも、以心伝心で、信助に伝わってしまう。

何故か?それは、ネットやテレビなどの映像媒体がない時代、そうした霊感などの魂を感じる五感が現代社会よりも研ぎ澄まされていたのでしょう。それが目が見えない瞽女と、幼少期に母である瞽女の座元「糸栄」の謡を聞き、心の記憶に残っていた筑前屋の長男「信助」との間では、なおさら以心伝心で伝わったに違いありません。

こうした話は、能の世界にはよくあるテーマらしいですね。劇中の最期に舞う能「百万」 - 春の嵯峨野。大念仏の賑わいのなか、我が子と生き別れになった狂女・百万は、子を慕って舞う。そして招いた主人が拾った幼子が、実は自分の子だと感じる・・・という話にも共通します。

文学・古典芸能にあるモチーフは、過去・現在・未来と螺旋状のように渦巻きながら、時を超えて循環していますね。その時代の掟や争いによって生じる「生き別れ」という不条理、「子を亡くした母の想い」といった切なさ、「継母」「児童虐待」などの人の心の闇、愛してはいけないと知りつつも愛してしまう「倫理に反する愛」、そして「生けとし生けるもの」の苦悩・・・それらは、日本と言わず世界を見渡せば、現代でも起きている人間界の出来事ですね。

そうした意味では、人としての生きる道を古典芸能が私たちに教えてくれるような気がします。「置き忘れてはならぬ心」・・・それが蜷川と猿之助をはじめとする当代随一の俳優陣、「元禄港歌」の作者の秋元松代、舞台芸術などの裏方たちが、伝えたかったメッセージだったに違いないと強く思います。

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